昨年12月に惜しまれながらも現役を引退。今年7月に行われた引退試合では、サプライズで現れた9歳の息子さんと一緒に、スタジアムを走る姿が記憶に新しい宮本恒靖さん。
 「選手時代は6時に起きて練習に行き、15時ごろに帰ってきて、夜22時には寝るという規則正しい生活。それが、選手を辞めてからは翌日の予定がなければ少し遅く寝るとか、朝、子どもたちを学校や幼稚園に見送る時間もできて、そこはとても大きな変化だなあ、と。今までは『行ってらっしゃい』と言われる立場でしたが、今は『気を付けてね』と言ってあげられる。日々の変化にも気付くことができる毎日です」
 しかし、引退して家族と過ごす日々もつかの間。宮本さんは今年9月から、国際サッカー連盟(FIFA)が運営するFIFAマスター(大学院)へ入学。とりあえずは1年間の予定で、スポーツ学やビジネス論、法律などを学ぶため、単身、イギリスへと渡っている。元プロサッカー選手がこの学校に入学するのは「日本人初」である。
 「留学を決めたのは、引退を決意したタイミングです。昨シーズンの後半ぐらいから、選手という立場でできることがもうあまり多くないのではないか、と感じていたので、『FIFAマスター』の話を聞いたときは、引退後の良い目標を見つけたなと思いました。将来、どんな形でサッカーに関わっていくかまだ分かりませんが、スポーツの法律とか成り立ちであるとか、そういう経営の分野を勉強することで自分の引き出しが増えていく。また、世界各国から人が集まってきて英語で学ぶというところにも興味があり、いろんなつながりができて広がっていくのかな、と。そんな期待感もあって1年間の留学を決意しました」
 引退、そして海外への単身留学……。それはご本人だけでなく、家族にとっても大きな決断だったはず。
 「そうですね。お父さんはサッカー選手じゃなくなるよ、と伝えたとき、上の子は少し寂しそうな顔をしました。親の仕事が何であるかが分かるまではプレーをしたいと思っていたので、引退試合をしたときも、子どもと一緒にグラウンドに立たせてもらって、本当に貴重な体験をさせてもらった。これからは、また違う所で生きていく父親の姿を見てもらえたら、と思っています」


 長男9歳、長女5歳。イギリスへ旅立つ1週間前、かわいい盛りの子どもたちと離れるのは寂しくない? と聞いてみた。
 「すごく強く意識しているわけではないけれど、どこか、心の中にはありますね。でも、寂しさばかりを考えていても仕方ないので、子どもたちが自分の目の届かない場所にいたとしても、健康であってほしい、のびのび育ってもらいたい。そういう理想に近づけるように、親としてやってあげたいというのはあります」
 冬に引退したばかりというのに、春先からは早くも留学に向けての準備をスタート。朝、子どもたちを送りだし、彼らが学校に行っている間は、特に英語の強化に力を注いできたという頑張り屋のお父さん。そんな宮本さんが子どもたちに伝えたいこと、教えたいことは何だろう?
 「普段から、目の前のことを100%、集中してやってほしい、ということです。遊ぶときはしっかり遊んだらいいよ、でも宿題しなきゃいけないときはしっかり宿題しなさい、と。それは、自分が小さいころからやってきたことですし、プロになってもやってきたこと」
 小学5年生からサッカーを始め、プロ契約後も大学へ進学するなど、文武両道を実現してきた宮本さん。その秘訣は、この「集中」にあったのかもしれない。
 「例えば子どものころ、公文式に通っていたんですね。そこで、自分が100%集中できたときには、どれぐらいの回答率でどれぐらいの時間でできる、というのが何年か通ううちに分かってきたんです。それで自分の中で、集中するのが一番いい方法だと思いましたね」
 以降、サッカーをやりながら学校の勉強も忙しいという生活の中で、宮本少年は、電車に乗っている時間も学校の宿題の準備をするなど、効率的に時間を使うことを考えてやってきた。
 「それで、100%集中してやる、ということがうまくできていると、学校もサッカーも、両方の生活にとってメリハリがあって、すごくいい影響を及ぼすようなところがあったんです」
 それを今度は子どもたちに教えたい。方法は? と尋ねると、さすがは元日本代表の主将! 優れた指導者としての片鱗がうかがえる、ユニークな答えが返ってきた。
 「まだ、こちらの経験を伝えても分からない年なので、例えば上の子が何かをしているとき、『今、集中してた? してなかった?』と聞いて、『集中してた』と答えたとすると、『それはどうだった?』と尋ねる。そこで、うまくいったとか、例えばいつもは30分かかるところが15分でできたとか、そういう話になると『それが集中できたということだから、しっかり覚えておいてね』と。いつもこういうことができるわけじゃないですけれども、繰り返していけばいい方向に行くんじゃないかなあ、と思ってます」


 そこでがぜん興味が湧くのは、妻のこと。出会いは宮本さんが高校1年生のとき。廊下ですれ違った彼女に、ひと目ぼれしたのだという。
 「名前は分からなかったのですが、当時はスリッパの色で学年が分かりましたので(笑)」
 2学年上の彼女に告白し、交際がスタート。それから8年後に結婚を決めた。
 「結婚のタイミングは、特に仕事やサッカーにからめて考えていませんでした。たぶん、この先ずっと一緒にいたいな、と思って、そろそろそういうことを言いたいな、と思ったのが正直なところ。もっと劇的なことがあったほうが、よかったのかもしれないけど(笑)」
 彼女もまた、プロサッカー選手の妻になるからといって気負うようなところはなかった。その後は、どんどん成功を遂げて行く彼。しかし、夫婦関係はまったく変わらなかったという。
 「もちろん、体調管理とかいろいろケアはしてもらいましたが、僕はあまり家にサッカーのことを持ち込まなかったですし、妻からも、サッカーについて聞かれることはなかったです。ただ、毎試合、見に来てくれてはいましたね」
 高校生から続けてきた交際。出会いが「普通」だったからこそ、ずっと自然体の夫婦で居続けられたのかもしれない。
 すごく自由にやってきましたし、関係も対等であり続けてきたと思う。彼女はこだわりもあるし、頑固だし、我慢強いし……。子どもの育て方に関しても、意見が分かれることはありますが、お互い思うことを伝え合える。一致しない部分があってもそれは仕方がない、育ち方が違うんだし……と。たぶん、結婚するに至ったのも、相手に自分とは違うところや尊敬できるものがあったから。また、向こうもそう思ってくれていたんじゃないかな。結婚って、そういうのが大事だと思いますね」


 自然体の夫婦関係が、現役時代を力強く支えたことは言うまでもない。また、出産や育児についても、自分の人生への影響は大きいと語る。
 「いきなりではないですが、徐々に子どもが成長していくにつれ、やっぱりこの子たちを守らなきゃいけない、しっかり育てなきゃいけない、という思いがどんどん強くなりました。それは、僕自身の人生にプラスに働いています。責任感はサッカーのプレーにもつながっていますし、人としてしっかりしなきゃいけない、というところにもつながるので、家族とは、本当に大きな存在ですね」
 話を聞いていると、かなりの“イクメン”ぶりがうかがえる宮本さん。忙しいのに素晴らしいですね、と声をかけると、「そうかなあ」と首をかしげる。
 「子どものことを考えたりとか、一緒にお風呂に入るとか、そういうことはずっとやりたいと思ってやってきました。サッカー選手でもあるけれど、父親でもある。一人の人間としていろんな役割がある中で、クラブハウスに居るときはサッカー選手としての顔、家に帰れば父親としての、妻とふたりだけで食事に行くときは男女という関係にも。いろんな面を持って、そのときどきの自分を楽しむほうが心地よいと思っています」
 渡英直前というタイミングでのインタビュー。最後に、今の心境と今後の展望を聞いた。
 「ワクワクする気持ちもあるし、不安もあるし、両方です。こういうふうになりたい、こういう道に進めたらいいな、と思いながらも、好きな言葉に『今を生きる』というのがあって。目の前にあることをしっかりやっていこう、その中で、いい方向に進んでいけばいいと、今はそんなふうに思っています」
 宮本さんの新しいチャレンジは、すでに始まっている。

1977年生まれ、大阪府出身。小学5年生のときにサッカーを始め、18歳でプロ入り。日本代表の主将も務め、2011年12月に引退。今年9月からは1年間の予定でFIFAマスターへ留学中。スポーツ学やビジネス論、法律などを学んでいる。

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