【日本代表】海外組を訪ねて vol.4 宮本恒靖

現状では戦力外に近い扱い。それでも高いモチベーションを持続中

2007年1月にオーストリアリーグ1部のレッドブル・ザルツブルクへ移籍した宮本恒靖。ジョバンニ・トラパットーニ監督率いる06-07シーズンはリーグ戦9試合、同07-08シーズンはリーグ戦15試合に出場した。が、コー・アドリアンセ監督が就任した今季は全く出番を得られていない。一体、彼はどうしているのか。それを確かめるため、9月中旬にザルツブルクを訪れた。

ザルツブルク中央駅から1番のバスに乗って「ユーロパーク」で降り、とうもろこし畑の間を通って歩くこと10分程度。レッドブルのトレーニングセンターが見えてくる。天然芝4面、人工芝1面のある整備された練習場だ。誰でも自由に出入りできるが、私が訪れた日は地元のファンが5人来ていただけ。メディア関係者の姿はなかった。10代の頃から注目され続けた宮本がこれほど静かな環境で練習をするのは初めてかもしれない。

トレーニングが始まると、彼は先頭に出てチームメートを引っ張った。ランニングもボールコントロール練習もフェイントもパス回しも全て1番に出て実践している。周囲の選手に声をかけて盛り上げたり、指示を出すなど、とても外国人選手とは思えない。本人によれば「今季が始まる前、監督はツィックラーと自分ともう1人をキャプテン候補に挙げたと聞いてます」という。結局はツィックラーが就任したが、それだけ新指揮官も宮本のリーダーシップに一目置いているのだ。レッドブルは全ての選手にドイツ語のコミュニケーションを義務づけているという。宮本も移籍当初は週2〜3回のレッスンを受けたというが、今では日常の意思疎通は全く問題ないようだ。

環境へは完璧に適応している。それでも出場機会に恵まれないのはなぜなのか…。一番大きいのはケガだ。宮本は今年1月に左太もも筋断裂の重症を負い、4ヶ月ものリハビリを強いられた。シーズン終盤は復帰したものの出番はなし。それでも6月の今季に向けたキャンプは万全の体制で挑めるはずだった。しかしキャンプでのアピールが不十分だったのか、7月9日の開幕戦はベンチに入れなかった。その後、再び負傷があり、3週間ほどプレーできなかったという。8月17日のオーストリア協会カップ1回戦・パッシング戦で公式戦復帰を果たしたものの、その後は再びベンチ外の日々が続いている。それでも本人は「これからチームに本格的に入る段階」と前向きさを失なっていない。

トラパットーニ監督時代はイタリア人らしく、守備に関してはさまざまな約束事を設けていたが、攻撃には自由を与えていた。宮本は本職のセンターバックのほか、左サイドバックにもトライした。これには本人も「ドイツにいるイナ(稲本潤一=フランクフルト)から連絡があって、『ツネさん、見ましたよ〜』と言われました」と苦笑い。コー・アドリアンセ監督就任後はセンターバック要員として位置づけられているという。

新指揮官の哲学はズバリ、攻撃サッカーだ。システムは4-3-3がメイン。「1-0で守って勝つより、4-3で打ち合いをして勝つ方がいい」というのが口癖だという。だが、必ずしもそのやり方で結果が出ているとはいえない。このチームにはスイス代表MFフォルランテンやクロアチア代表キャプテンのニコ・コバチら有名選手が数多くいるのに、今季は第8節終了時点で4位に甘んじている。18日のUEFAカップ1回戦・セビージャ戦もホームで0-2の完敗を喫した。「今季はユースからの昇格選手を含めて7人が新たに加入し、今のトップチームには27人もの選手がいる。ベンチには18人しか入れないから毎回9人がベンチ外になる。監督は大きなグループを作って、取れるタイトルは全て取りたいという考え方だったんでしょうが、UEFAカップに負けたら試合数も減るし、チーム内から不協和音が出かねない」と懸念を示す。

だが、逆にそうなれば、宮本にとってはチャンスかもしれない。監督というのは窮地に陥った時、チームを大きく変えようとするからだ。これまではコー・アドリアンセ監督が自らつれてきたオランダ人DFオプダムとウガンダ代表キャプテンのセカギャをセンターバックに据えることが多かった。オプダムに代わってオーストリア代表のアウフハウザーが出ることもある。現時点では宮本は彼らより下に位置づけられている。指揮官は176�pの小柄なDFではハイボールの競り合いに勝てないと考えているのだろう。けれども宮本には読みの鋭さや状況判断、フィードの正確性という他にない武器もある。特にフィード力は攻撃を重視するのであれば不可欠な部分。そこをアピールしていくことが、今の苦境から脱するポイントになりそうだ。

トルシエやジーコジャパン時代にもサブに回ったことがあった宮本。その時も彼はつねにいい準備をしようと集中力を維持しつづけたという。その経験を今も忘れてはいない。その強い意志が現在の彼を支えているようだ。

←戻る